ピアノ作品全集のあとは、いよいよ、室内楽ということで、エラート版の全集にいく。
フォーレに凝っていた頃、頻りに聴いていたやつである。
やはり、ホントに素敵だなぁ。
フォーレの室内楽は、ブラームスのものと双璧といえると思うんだけれど、個人的には、フォーレがより素晴しいと思う。
フォーレの晩年の作品は、わたくしには、手ごわすぎるものが多いんだけれど、室内楽だけは、晩年にいくほど、よくなってくるように聴こえるのだ。弦楽四重奏なんか涙モンです。
ところで、なんだか、フォーレはマルセル・プルースト、それに、アール・ヌーボーに、近しいものがあるという説があるようだ。
でも、コルク貼りの部屋に閉じこもって、「失われた時を求めて」をかいていたプルーストは、いかにも、だけれど、アール・ヌーボーは、どうなんだろう。
フォーレの内光(向)的で、多層的に重なり合う和声の響きに身をゆだねていると、アカデミックな仮面の下からのぞく不遜な魂の漆黒に、心がふるえるような気がする。
なんというか、美神がとりついているような、どこか背徳の薫りがする、蠱惑的な陶酔感があるのだ。
アール・ヌーボーというより、こういう、日常的時間からの、ひそやかな逸脱の感覚は、密室の画家ギュスターブ・モローの世界のほうが近しいような気がするんだが。
そういえば、フォーレもモローも「ラシーヌの雅歌」という、妙に美しすぎる、小作品を残していたよなぁ。牽強付会ちゅうもんか?
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