2013-07-24

岸辺のアルバム

もう、ずいぶんむかしのことになりましたが、散歩道の川の道沿いに、次々に、建売住宅が建ち並んで、人が住み始めました。
ふるい人間のわたくしは、アア、これが、岸辺のアルバムかと回顧的気分に襲われたものです。

わたしは、昭和49年の台風で東京・多摩川の大きな堤防が決壊し、建てたばかりの家が流出するテレビのニュース映像を、現在進行形で見たと世代ですので、立派な堤防も自然の猛威の前では、なんの力にもならないことを実感しています。堤防のような人工物をむやみと信頼するのは、はなはだ、危険なことです。
で、わたしの、岸辺のアルバムの住宅たちですが、やはり、一級河川玉川の護岸に守られているわけです。堤防がまんがいちの想定外に役立たないのは、わかりやすいことですので、そう気懸かりということでもありません。(自分が棲んでいるわけではありませんので。この薄情ものが。)
いっぽう、この玉川の護岸は、ほとんど草木に侵食されていて、自然の川岸のような様相を示して、すこぶる、気分の良い散歩道であるわけです。
もしも、なんらかの、間違いで、この危険な護岸の状況が注目を浴びデモしたら、千年に一度の水害にも耐えられるスグレモノの堤防になってしまうかもしれません。


わたくしの、散歩的観点からしますと、そちらのほうは、はなはだ、心配な状況といえます。千年に一度のことでしたら、幸運に恵まれて逃げ出すか、とうぜん、そんなことは頭になくて、悪運に飲み込まれるかの2択しかないように思うのですが。どんなもんでしょう。
それとも、人知は自然を凌駕するのが正しいあり方なんでしょうか。

3.11以後、防災を語ることはかなり重いことになりました。瑕疵のない話をするのには、相当の配慮が求められますが、今日の話は、だいぶ瑕疵がありで、怖ろしいことです。


 








                         (Nikon 1 J1)

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